問題文が読めない子どもたち―親の覚悟と突き放す愛が、スマホの沼から子どもたちを救う

こんにちは!

ヤマシタ塾の山下です。

先週、ぎっくり腰的なものに見舞われまして、現在、腰曲がり初老スタイルで日々授業をさせていただいています。(今週中にはおそらく完治する見通し)

さて、以前『スマホを取り上げたら勉強時間は増えるのか』の中で、スマホは子どもたちから集中力を奪ってしまうのではないか、ということを書かせていただきましたが、今回はそこについて、スマホの長時間使用にスポットを当てながら書いていきたいと思います。

ここ数年、以下のような場面が急激に増えてきていると感じています。

・「問題文をちゃんと読もうね」と伝えた直後にも関わらず、問題文を読まないで問題に取りかかって「分かりません…」

・「丸つけは慎重にね」と伝えた直後にも関わらず、間違っている解答に丸をつけて「できた!」

これは私の感覚でしかないので、もしかしたら気のせいかもしれません。いや、気のせいであってほしい。このようなミスをしてしまう子をよく見ていると、ある共通点があります。それは、「目が動いていない」ということ。問題文を読むときや丸つけをするときには、キョロキョロとまではいかないにせよ、子どもたちの目は上下左右にかすかに動いています。しかし、このようなミスをする子にはそれが見られないことが多いんです。どこを見ているのか分からないというか、ぼんやりしているというか、なんだか、問題文を「読んでいる」のではなく、「見ている」感じなんです。

「問題文を読んでから問題を解こうね」と伝えた直後に問題を解き始めた子に、「いやいや、早くない?もう読んだの?」と聞くと、「うん、読んだよ」と平然と答えることがあります。絶対に読んではいないのに。当然、解けずにフリーズします。「もう一回、問題文を読んでみよう」と伝えて問題文を読んでもらうのですが、どうも読んでいる気配が感じられません。目が動いていないんです。そしてやっぱり、解けません。そこで問題文を音読をしてあげると、途端に「あ!分かった!」と一気に解けてしまうのです。

読むという行為は

➀文字を目で追う

②内容を理解する

という二つのことを同時に行う、意外と高度な行為です。上に挙げた例は、文字を目で追うことがうまくできていないがゆえに生じているのではないかと思います。文字を目で追うことができなければ、当然内容を理解することもできません。ただし、文字を目で追うことができたとしても、必ずしも内容を理解できるとは限りません。例えば音読はすらすらできるのに内容はまったく入っていないような場合があるように。

子どもたちは日々尋常ではないくらいの時間をスマホに費やしています。刺激的な音と光とともに、文脈のないコンテンツが次々と流れてきては消えていく―そんなスマホの沼に毎日何時間も浸っている子どもたちの脳は、もはや強い刺激にしか反応できなくなっているのではないでしょうか。文脈を読み取る想像力が衰えてしまっているのではないでしょうか。一言一句抜けもれなく、言葉一つ一つを確実に拾い上げるという執着がなくなってしまっているのではないでしょうか。

読むという行為には、刺激のないものに対して、自分からグッと入り込んでいくような集中力が求められます。そういった集中力がスマホによって奪われているのではないかと私は考えています。「スマホ 脳への影響」で検索してみるとたくさんの記事が出てきます。ぜひ、検索してみてください。

いま、学力の二極化が進んでいます。特にここ数年の学力の二極化の進み方は異常です。現場にいると分かります。毎年同じことを教えてきているなかで、つまずいてしまう時期が年々前倒しされてきているのを肌で感じます。できる子は当たり前にでき、できない子は圧倒的にできない。逆転合格が激減し、先行逃げ切り順当合格が主流となっています。学習指導要領のカリキュラム・オーバーワーク、学校教員の多忙化、家庭の経済格差など、さまざまな要素が複雑に絡まりあって今の状況があるのだとは思いますが、個人的には以下の二つがとくに大きな原因だと考えています。

・子どもを頑張らせることができない大人たち

・スマホの長時間使用

子どもを頑張らせることができない大人たちに関しては、今までも度々お伝えしてきましたので、お時間がある方は過去の記事を読んでいただけたら幸いです。今回お伝えしたいのはスマホの長時間使用に関してです。『【スマホ脳過労とは】記憶力低下や無気力など悪影響が(NHK クローズアップ現代 2019)』において脳トレでおなじみの脳科学者である川島さんが、「極端な話ですけれども、法律によって18歳まではスマートフォンを1時間以上使ってはいけないと、強制的におさえてあげるほうが、未来にとっては幸せであろうと考えます。」とおっしゃていますが、私もこれに同意見です。ただ、現実的には無理でしょう。

ではどうすればいいのか。それはもう、親がどうにかするしかありません。親が覚悟を決めて、我が家のスマホルールを徹底するべきです。もちろん、そんなことをしたら子どもは嫌がります。泣き叫ぶかもしません。ケンカになるかもしれません。でも、それが何なのでしょうか。親と子どもは友達ではありません。子どものためなら、子どもから嫌われるようなことでも歯を食いしばって「お前のためだ」と毅然とした態度を示すのが、親のみならず、わたしたち大人の役目ではないでしょうか。

包み込む愛だけでなく、突き放す愛も、子どもたちには必要です。

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