こんにちは!
ヤマシタ塾の山下です。
前回の記事『中1英語激ムズ問題―中学英語は本当に難しくなったのか』でも書いた通り、現行の学習指導要領は盛りだくさんな内容になっています。またその中で現行の学習指導要領は「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」も求めています。
「何を学ぶか」だけではなく、「どのように学ぶか」まで高いレベルを求める現行の学習指導要領。未来の日本を担う子どもたちのことを考えた結果のものだと思うのですが、やるべきことが増えすぎると必ずガタがきます。授業時数特例校制度など授業時数の配分について学校による一定の弾力的な運用が認められる制度もあることはありますが、それでも学校の先生は限られた時間であれもやらなきゃこれもやらなきゃと大忙しです。
私は学校の先生ではないので実際のところは分かりませんが、「学習指導要領を守らなければ」という圧はかなりあると思います。問題なのは、学習指導要領を守ろうとするあまり、基礎的な学習を十分にやらないまま「主体的・対話的で深い学び」を無理やり実践してしまうことです。例えば基本的な計算もまだできない状態で「さあ、みんなで別解を考えてみよう!」とか「さあ!これを身近な生活で活用してみよう!」のように。
一見するとわいわいがやがやなアクティブラーニングの光景は良い授業に見えるかもしれません。でも、まだ基本的な計算もできない状態で始まってしまったそれは、子どもたちからしたら、初めてバットを握った日に「さあ!ホームランを打ってみよう!」と言われるようなものです。
何が言いたいかというと、まずはその単元についての基礎的な知識や技術をある程度身につけないと、別解を考えたり、身近な生活に活用したりなんかできないよね、ということです。素振りもしたことがない子をバッターボックスに立たせても見逃し三振、良くて空振り三振するだけだよね、ということです。そんな授業、楽しくないですよね。主体的に学習に取り組むとか、無理ですよね。
やっぱり、勉強はまずは地に足つけて、机に向かって根気強く、鉛筆カリカリ動かすというプロセスが絶対に必要です。でも、今の学校ではそのような時間をゆっくり取る時間はないと思われます。だから当塾はそのような時間を、通い放題という形でたっぷり取れるようにしているのです。基礎的な知識や技術がしっかり身につけば、学校の授業をもっと楽しむことができます。テストでも良い点数を取ることができます。「できる自分を実感する」。それが子どもたちの「もっと勉強やろう!自分で考えてみよう!」という意欲や思考力につながっていくのではないでしょうか。
さて、ここで学習塾を舞台にした森絵都さんの小説『みかづき』(集英社)の一節を引用します。
大島さん。私、学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです。太陽の光を十分に吸収できない子どもたちを、暗がりの中で静かに照らす月。今はまだ儚げな三日月にすぎないけれど、かならず、満ちていきますわ。
学校だけが子どもの居場所ではありません。学校で輝けないのであれば、塾で輝けば良い。でもやっぱり個人的には、塾の講師ではありながらも、やっぱり子どもたちには学校でも輝いてほしいと思います。だからそのために当塾はときに厳しく、やるべきことをやってもらいます。ただ、当塾は決して冷酷無情なスパルタ教育というわけではなく、あくまでスポーツ的な厳しさというスタンスです。なので、「成績を上げたい。でも、家では勉強できない。だから勉強は、塾でやり切りたい。大変かもしれないけど、頑張りたい」という子にとっては当塾は最高の環境があると思います。逆に「わいわい仲良く、無理なく自分のペースで気楽に勉強したい。苦しいことはやりたくない」という考えだとちょっときついかもしれません。
学習指導要領は学ぶべきことが多く、そして学び方も変わってきています。「学習指導要領が悪い!」と誰かのせいにするのは簡単ですが、世の中には自分でコントロールできることとできないことがあります。大事なのは、自分ではコントロールできないことにエネルギーを使うのではなく、自分でコントロールできることに最善を尽くすことです。学ぶべきことが増えたなら、増えたことに文句を言うのではなく、どうやったらそれを乗り越えることができるかを考えることです。
さあ、定期テストの時期です。結果に対してどう考え、どう行動するかが試されますね。
