子どもの遅刻に、わたしたち大人はどう向き合うか(その1)

こんにちは!

ヤマシタ塾の山下です。

夏休みが終わり、一日中子どもたちが家にいるというウルトラハードな日々から解き放たれた保護者の皆さま、お疲れさまでした。(始業式、翼を授ける~)一方で身も心もだらけ切ってしまったという子どもたち、元気ですか?セミの抜け殻のようにカッサカサのスッカスカになってしまってないですか?うちの塾生は夏もばっちり塾!だったので生活リズムが崩れていることはないと信じています。ほんと、よく頑張りました。9月もよろしく!

さて、本日は子どもたちの遅刻について書いていきたいと思います。まずはじめにお伝えしたいのは、遅刻が常態化している子は間違いなく成績が上がらないということ。これはあくまで私の経験則ですが、共感できる方は多いのではないでしょうか。とくに塾関係者。しかし遅刻にも様々なパターンがあるので、一概に「遅刻をする子=成績が上がらない」とは言えません。ただ私の経験上、このパターンは間違いなく成績が上がらないというパターンがあります。それは

「連絡もなく遅刻してきて、何事もなかったかのように、平然としている子」

です。この遅刻は「2・3分の遅刻」かつ「常態化」という特徴があります。こういう子はまず間違いなく成績が上がりません。遅刻と学力―関係しているようなしていないような、という感じかもしれませんが、私は因果関係まではないにせよ、かなり強い相関関係があると考えています。なぜこのパターンは伸び悩むのか―これには「想像力の欠如」と「世界の中心は自分であるという感覚」が大きな原因であると考えています。

まず、想像力の欠如について。遅刻をする子も、遅刻は良くないということはちゃんと理解しています。でも、遅刻をしてしまいます。これはおそらく、想像力が足りていないことが原因です。ちょっと先を想像するからこそ、今自分がするべきことが見えてきます。逆に、今しか見えていない、今しか見ようとしないと、今すらも見えません。そして学力向上には、この先を想像する力が絶対に必要です。例えば定期テストの勉強をするときには、「2週間後に定期テストがあって、試験範囲はここまでだから、1日あたりこのくらいワークを進めなければいけないから、今日はこれとこれをやろう」というように、2週間後というちょっと先の未来を想像することではじめて、今何をするべきかが見えてきます。一部の天才型を除いて、成績が良い子というのはこの想像力をフルに活用して、定期テストの範囲表が出てなくても「たぶんここまではテスト範囲になるな」と見当をつけて早い段階から勉強しています。逆に想像力が乏しい子は「テスト範囲が出てないから勉強できません」とか「何から勉強すればよいか分かりません」になってしまうのです。

次に、世界の中心は自分であるという感覚について。連絡もなく遅刻してきたのにも関わらず、何事もなかったかのように平然としていられるのは、おそらく「ちょっとくらい遅刻しても大丈夫っしょ」と思っているからだと思います。これの何が問題かというと、物事の基準は自分である、世界の中心は自分であると思い込んでしまっているところです。こういう子は高い確率で問題文をちゃんと読みません。「Aさんの身長を求めなさい」と問われているのにBさんの身長を書いてしまったり、「〇〇なのはなぜか」と問われているのに「〇〇である」と書いてしまったり、「間違っているものを選べ」なのに合っているものを選んでしまったりします。そしてこの子たちはこう言うのです―「ケアレスミスだ」、「問題文が悪い」、「いや、合ってんじゃん」。そうして反省することなく、永遠とミスをし続けます。

連絡もなく遅刻をしてきて、何事もなかったかのように平然としている子の成績が上がらないのは、このような理由があるのではないかと私は考えています。

では、わたしたち大人はこのような子どもの遅刻にどう向き合うべきなのでしょうか。続きは次回の記事にて。

目次