そう、中学校や高校で学んだことが「直接」役に立つことはほとんどありません。一方で私(学習塾講師)なんかは役に立つどころか、なくてはならないものだったりします。でも多くの人にとっては「いや~、三平方の定理勉強してて助かったわ~!」みたいなことってほとんどないと思うんです。
「じゃあ何で勉強するんですかー?早く言えよ。」(20年前の私の声)
中学校や高校時代に勉強することの意義は、「自分だけの勉強法を身につける」ことだと思っています。
中学生や高校生は平日は朝から夕方まで学校に行き、学校から帰ったら塾や習い事に行き、休日は部活の一日練のように、ある意味で大人より忙しい毎日を送っています。そうなると「自分のやりたいことって何だろう?」と自分自身と向き合う時間はなかなか取れません。また自分のやりたいことを考えるための人生経験もまだありません。もちろん、その中でも自分のやりたいことが見つかる子もたくさんいます。
ただ、以降状況は一変します。大学に進学すれば時間に余裕ができますし、社会に出れば人生経験を否が応でも積むことになります。そうするとある時「自分のやりたいこと」が見つかることがあります。
個人的な話をすると、私は大学を卒業したのち広告代理店に就職したのですが色々あって退職し、その後「自分のやりたいことは農業だ!」と農家になりました。(この話はまたどこかで)
勢いで農家になったものの、そこで直面したのは「どうやって野菜作るんだ?どうやって売り先を見つけるんだ?経営ってどうやるんだ?」でした。そうなんです、知らないことが多すぎたんです。だから必死こいて勉強しました。幸いにも私は学生時代にそれなりに一生懸命に勉強していたので、「こういう順番で、こういう風にやれば、このくらいの時間で、このくらいの量の知識を身につけられる。」というのを体で知っていました。自分だけの勉強法です。だから農業という未知の世界にも「自分ならできる」と臆せず突き進んでいくことができました。
これが中学校・高校時代の勉強の意義だと私は考えています。解けない問題をどうやったら解けるようになるのかを必死に考えるプロセスの中で見つけた自分だけの勉強法は、いつか自分のやりたいことが見つかった時に、その背中を力強く押してくれます。
自分だけの勉強法を見つけることは、自分で考える力をつけることと言い換えることもできると思います。もしそれがなかったら、自分のやりたいことが見つかったとしても「どうすればいいか分からない。無理だ。」と諦めてしまうかもしれません。上司からやれと言われたことをやるだけの人生になってしまうかもしれません。そんなのつまらなくないですか?
自分の人生を楽しいものにできるのは、自分しかいないんです。だから勉強するんです。
