こんにちは!
ヤマシタ塾の山下です。
今週、嬉しいことがありました。何気なく生徒と雑談をしていると、その生徒が「最近、勉強楽しくなってきた」とポツリと静かに言ったのです。その表情は真剣でした。
定期テストで思うような点数が取れず、その状況を何とかしたいという思いでご入塾。
※当塾の入塾条件は「ヤマシタ塾で頑張りたい」とお子さま自身で決めることです。当塾から「一緒に頑張ろうよ、ね?」みたいな圧をかけることはしません。
入塾してからは一進一退の日々。問題文の意味すら分からない。解説を読んでも意味が分からない。私が隣にへばりついて説明しても、80分の授業の中でわずか数問しか進まない、ということもたくさんありました。昨日やったことを次の日にはすべて忘れてしまっていることもたくさんありました。それでもこの子はこの夏、頑張り切りました。今までたくさんの生徒を見てきた私から見ても、本当に頑張ったなと思えるほどに頑張りました。そして今では私が隣にへばりつかなくても、自分一人で問題が解けるようになりつつあります。
そうした中でポツリと出てきた、「最近、勉強楽しくなってきた」という言葉―自分の内側からふつふつと湧き出るように出てきたこの言葉は、「本物」だと思います。
進路選択において、保護者が子へかける言葉の第一位はぶっちぎりで「⾃分の好きなことをしなさい、やりたいことをやりなさい」となっています。(「⾼校⽣と保護者の進路に関する意識調査2023」リクルート『キャリアガイダンス』調べ)予測困難な時代であるからこそ出てくる言葉だと思います。私も同じ思いで教え子たちに接しています。
だからこそ「子どもの自己肯定感を高める声かけをしましょう」と「褒める教育」が出てくるわけです。そして書店には「自己肯定感はこうやって育てる」的な書籍がずらりと並ぶ。しかしこの光景、自己肯定感は「まわりの大人が育てるもの」と言わんばかりの光景に違和感を感じるのは私だけでしょうか。
確かに、子どもの自己肯定感を育てるために、まわりの大人の声かけはとても重要だと思います。私も普段から意識して言葉を選んでいます。ですが、それだけで自己肯定感は育つのでしょうか。褒めることに囚われて、「褒めるだけの教育」になってはないでしょうか。褒めるだけの教育はときに、困難から子どもを遠ざけることにつながります。困難に一度も直面せず、ただただまわりから褒められるだけでは、本当の意味での自己肯定感は育ちません。ただの勘違い人間、すぐにポキッと折れてしまう人間に育ってしまう危険すらあります。
大人の声かけはサプリメントみたいなものでしかなく、サプリメントだけ食べていては病気になります。ちゃんとした食事をとらなければいけません。そのちゃんとした食事は何かというと、困難に挑戦することだと思います。困難から逃げずに挑戦し、苦戦しながらもまわりの大人のサポート(ポジティブな声かけ)も借りながら乗り越えていくことで、本当の意味での「やればできる!」、本当の意味での自己肯定感が育つのではないでしょうか。
子どもたちはそんなにやわではありません。ポジティブな声かけと挑戦できる環境があれば、子どもたちは果敢に挑戦していきます。子どもの自己肯定感を育てるために、褒めることだけでなく、挑戦できる環境も作ってあげたいですね。
