こんにちは!
ヤマシタ塾の山下です。
先日、生徒から「大学ってどんなところなの?」と聞かれたので、その話の流れで私の大学時代の写真を見せたところ、「う~ん、、確かに、面影がある」とポツリ。「先生若いね~!」とかではなく、「面影がある」。もはや私の大学時代は面影となっていたことに、月日の経過を実感したのでした。(落ち込んでないよ)
さて、お手元に通知表があるこの時期なので、今回は通知表について書きたいと思います。
通知表の中で一番気になるのは評定ですよね。その評定は観点別評価(ABCのやつ)をもとにつけられているのですが、これがかなり分かりにくい。観点別評価は「知識・技能」、「思考・判断・表現」、「主体的に学習に取り組む態度」の3つです。中でも「主体的に学習に取り組む態度」について悩まれている方が多い印象です。「うちの子は消極的で手が上げられなくて困っています」、「提出物はしっかり出しているのに何でBなんでしょうか?」「先生と相性が悪くて」がこの観点のお悩みTOP3でしょうか。
『児童生徒の学習評価の在り方について(報告)』(中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 平成31年1月21日)によると、主体的に学習に取り組む態度については、
挙手の回数やノートの取り方などの形式的な活動ではなく、児童生徒が「子供たちが自ら学習の目標を持ち、進め方を見直しながら学習を進め、その過程を評価して新たな学習につなげるといった、学習に関する自己調整を行いながら、粘り強く知識・技能を獲得したり思考・判断・表現しようとしたりしているかどうかという、意思的な側面を捉えて評価することが求められる」
とあります。要は「学習に関する自己調整」と「粘り強さ」がこの観点においては重要、ということが読み取れます。だから消極的で挙手ができなくてもこれら2つの側面が認められれば高い評価になるし、逆に提出物を出してもそこにこれら2つの側面が認められなければ低い評価になってしまう、ということです。先生との相性が悪いという悩みについては「それってあなたの感想ですよね?」なので言うまでもありません。
通知表は入試の選抜資料に使われるものなので、学校の先生の好き嫌いのような感覚のみでつけられている可能性はほぼないでしょう。「ほぼ」ない、としているは「先生も人間だから多少は」ということではなく、「評価規準が示されていない」ということからそういう表現にしています。本来、評価をするのであればその評価規準を事前に明確に示すことが必要ですが、現在の学校(千葉県の学校)ではそうはなっていません。明確に示されている方もいるのかもしれませんが、そのような話は私は聞いたことがありません。評価規準が示されないまま、学期末に「はい、あなたの評定は3です」と結果だけが突然突きつけられるだけです。だから通知表を見ても結局、「一体どうしたらいいんだ」となってしまうわけです。
この通知表問題に対して「学校が悪い!」と文句を言いたい気持ちは分かりますが、文句を言ったところで状況は変わりません。そもそも学校は生徒・保護者の一番の味方であるはずです。学校とバチバチやるメリットは何もありません。学校にだって、いろいろ事情はあるはずです。
世の中には自分でコントロールできることと、自分ではコントロールできないことがあります。自分ではコントロールできないことに時間や労力をかけるのは無駄です。自分でコントロールできることに、すべての時間と労力をかける―これがポジティブであるということだと思います。
では、この主体的に学習に取り組む態度にどう向き合っていくのか―ポイントは、「目上の人に自分がどう見られているのか」について「想像力」をはたらかせながら、「学習に関する自己調整」と「粘り強さ」を「見せつけていく」ことだと私は考えています。
またまた長くなってしまったので続きはまた次の記事で。(いつも1記事でおさまらなくてすみません。。)
